おもいで(その8) 西の国から東の果ての島国に(2 - 帰路)志摩川友重

・・・前回からの続きです。

 私は弟の後について行く若者達にどうしても馴染めなかった。彼らの考えや行動は彼等自身から出たものとは思えなかった。どんなに素晴らしいことを言っても、それはみな弟から聞いたことの受け売りであった。理想の村を作ると口では立派なことを言っても、何が理想であるのか正しく理解してはいなかった。

 弟の一言で私の気持ちの整理がついた。私は今来た道を一人で戻ることにした。私の気持ちは相変わらず暗く、何も考えまいとしてただ歩くことだけに心を集中した。まわりの景色を見て楽しむような気持ちにはなれず、俯(うつむ)きかげんでひたすら歩いた。
 自分の村のそばの港まで行く船があったのでそれに乗せてもらった。私は甲板の隅に腰を下ろして後ろ向きに寄り掛かった。やはり元気はなく自分の膝を抱え込んで俯いて座った。
 一人で塞ぎ込んでいる私を見てある商人が近づいてきた。

photo by Blyzz
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「同じ船に乗り合わせたのも何かのご縁でしょう」
「一緒に仲良く参りませんか」「世の中辛いことばかりがおこるものではありません」「そのうち楽しいことにも出会えますから」
私を力づけようとして一所懸命話しかけてきた。私はせっかく声をかけてくれた人に悪いとは思ったが誰とも話をする気にはなれず、「申し訳ございません」とだけ言って元の姿勢に戻った。
 何で私がこういう気持ちになっているのか自分でも不思議である。弟の態度が原因かと思ったこともあるが、今はそうは思っていない。弟は間違ったことはしていない。それに弟は自分で決めた道を自分で進んで行っただけである。却って弟のことが羨ましく思える。私にも弟のように自分で自分の進むべき道を作りだせるだけの器があればいいのになあ。
それにしても今のこの暗い気持ちは何なのであろう。ひょっとして私の心の深奥部に何か刻み込まれたかもしれない。そうであればそのうちわかるだろう。不思議と呼吸だけはゆったりと落ち着いていた。

 周囲が騒々しくなったと思って顔を上げると、皆慌てて走りまわっている。あの商人が私が座っているところまで来て「海賊だ!」と叫んだ。彼は頭を抱えたままオロオロと行ったり来たりしていた。刀を手に持った男達がこの船に乗り移ってきた。彼等はこの船の乗組員と乗客を全員甲板に集め、刀をちらつかせながら金品を出すように命令した。乗員や乗客達の顔からは血の気が失せていた。海賊の主領らしい者が私に刀を向けて立ち上がるように合図をした。私はいつもの暗い気持ちを通り越して、死をも恐れない心境になっていた。私はどうにでもなれと思いながら立ち上がり無感情のまま相手の顔を見た。お互いの視線が合うと、相手の持っている刀の先が小刻みに震えだした。彼は視線を私の目から離すことができないまま身体が硬直したようになり、冷や汗をかきながら身体全体が震えだした。彼は手に持っている刀を落とすと力は抜けたように甲板に両手をついた。その格好で下をむいたまま異国の言葉で何か喋りだした。喋り終えると部下と思える者達に刀を納めさせ、一同頭を深く下げるとそのまま何も取らずに退却して行った。私は呆気にとられてその退却する様を見ていた。

 海賊達が立ち去ると皆ほっとした様子で私に礼を言った。中でもあの商人は涙を流して喜んで私にすがりついた。彼の話によると彼等は私のことを私の弟ではないかと勘違いしていたらしい。私は彼に私は兄の方だと説明したが、「そんなことはどちらでもよいことです」「命の恩人であることには変わりがありません」と言って私からなかなか離れようとしなかった。
 いつもの通りに甲板の上に座り込んでいるとあの商人がやって来て「客室の方で貴方様をお呼びになっている方がいらっしゃいます」と言ったので、私は彼の後について行った。部屋の真中には豪商と思われる人が座っていて、その周囲の床のうえには豪華な料理がたくさん並べられていた。海賊の魔の手から助けられたことに関する感謝とお礼の言葉があり、目の前にある料理を食べてゆっくり寛ぐように勧められた。せっかく振る舞われた食事を断るのも悪いような気がしたし、こんなにたくさんの料理を一人だけで食べるのには罪悪感があったので、ここまで案内してくれたあの商人も一緒に食事に加えさせていただけるようにお願いをした。あの商人はかなり相手に気をつかいながら食べていてとても居づらそうな雰囲気であり、私も普段食べられないような豪華な食事はほとんど喉を通らないというかなかなか食べる気にもなれなかった。目の前にある料理を少し頂いて「私共にはこれだけでも充分でございます」「有り難うございました」と感謝の言葉を述べてその部屋を出た。外へ出ると太陽の光が眩しく、新鮮な空気を吸って二人とも気持ちよく背伸びをした。私は船の上ではなるべく気持ちを明るく保っていけるように努力しようと心に決めた。
 船が嵐の中に入ったので甲板にいた人達は小さな船室に入った。そこは道具置場のようなところで掃除もほとんどされていない狭くて埃っぽい部屋であった。そこに大勢の人達が嵐を抜けるまで肩を寄せ合って雨露をしのぐことになった。その船室の中は熱気で暑く息苦しかったが甲板でびしょ濡れになるのよりはましであった。
 すると先ほどの豪商と思われる人物の使者が私を呼びに来たので、何の話かと思って彼の部屋に向かった。その部屋はかなり広く豪華な調度品が置かれて居てあの船室と比べると雲泥の差があった。彼は私に船が嵐を抜けるまでの間この部屋で休むように言ったので、私は次のようにお願いをした。
 「私は一人だけこの部屋で楽な思いをすることはできません」「甲板にいた人達は全員狭くて薄汚れた船室に閉じ籠もっています」「できれば彼等もこの部屋に入れてもらえないでしょうか」「無理にとはいいませんが、もしそのお願いがかなわないことでしたらば私はあの船室に戻らせて頂きます。」
 彼は考え込んだまま動こうとしないので、私はそれ以上何も言わずにあの小さな船室に戻ることにした。

by Shimagawa
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 暫くたって雨の中をまたあの使者がやって来た。
「ご主人様がこちらの部屋で全員休むようにとのことです」「皆さんどうぞおいで下さい」
 狭い船室に閉じ籠もっていた人達の顔が急に明るくなった。私たちはその部屋に向かった。彼等はその広く綺麗な部屋に入れたことを大変喜び、すぐに賑やかになった。その豪商は私をたいへん快く迎えてくれたが、他の者達がこの部屋に入ったことを気持ちよくは思っていない感情がひしひしと伝わってきた。私はいたたまれなくなって、その豪商に一言ことわって部屋を出た。私が雨に濡れながら一人でいろいろ考え込んでいると、彼等もぞろぞろと甲板に出てきた。私は彼等にその部屋から出てきた理由を尋ねてみた。
「貴方様がいらっしゃらないと私共もあの部屋には入れてもらえないんだそうです。」
と誰かが答えた。私は自分の思いを押さえてでも彼等のためにあの部屋に戻らなければいけないと考えた。私は彼等に部屋の中でおとなしくしているように約束させてから、再度全員を部屋へ入れてもらえるようにあの豪商のところまで交渉をしに行った。結局あの部屋に全員戻れることになったが、彼等は部屋に入ると私の方に頭を下げてお礼を言った。私は何とも複雑な心境になり、そのときは一言も言葉を発することができなかった。
 嵐が過ぎ去ったので部屋を出てまだ湿っている甲板に腰を下ろした。あの商人が私のことを知り合いだと誰かに得意気に話している声が耳に入った。私は有頂天になったり他人に自慢したりするのが大嫌いな性格であったが、私はもう何も言う気力さえなかった。私は自分の膝を抱え込んで俯き加減になったまま姿勢を変えようとはしなかった。

by Shimagawa
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 船が目的の港に到着すると私はすぐに船を降りた。桟橋で後ろを振り返ると、あの商人が船の手すりにもたれかかってこちらの方を見ていた。私が手を振って挨拶をすると、彼はきょとんとしたような表情をしてぼおっとした状態のままで立っていた。 家に帰るとそこでは母が一人だけで暮らしていた。私はこれまで弟との間にあったことを詳しく丁寧に説明した。
「全く‥大の大人が今まで何をやっていたんだろうね!」「父ちゃんはねえ、連れて帰ってこいと言ったんだよ!」「それをあんなところにまでついていったりして!」「父ちゃんは待ちきれずに、逝っちまったじゃないか!」「全くしようがないねえ。」「何を考えてんだろうねえ!」「二人とも親不孝者だよ!」「何でこんな馬鹿息子どもを生んじまったんだろう‥」「もう二度と馬鹿なことをするんじゃないよ!」
私は何も言えなかった。

by Shimagawa
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 明くる日、籠を持った女性が訪ねてきた。姉であった。小さな頃の姉との楽しかった思い出が心の中によみがえった。それは今までの人生の中でただ一つの幸せの絶頂期の頃のことであった。姉の顔に再びあのときのすばらしい笑顔が戻った。まるで久しぶりに再会した恋人のように抱き合って喜んだ。母ははしゃぎまわる私たちを呆れた顔をして見ていた。
 長い間会っていなかったので、その分だけ話が弾んだ。姉はほとんど会ったことのない弟には興味を示さなかった。私がいない間ずっと母の面倒をみていたとのことであった。姉が持ってきた籠の中にはパンや果物が入っていた。
「あんまり時間がないの」「また来るから」
姉は中身が空になった籠を腕にぶら下げてときどきこちらを見て手を振りながら忙しそうに走っていった。

 私は家具を作り始めた。家具と言っても材料にする板は大変粗末なもので作りも単純そのものなのでただの木切れが組み合わさっただけのようにも見えたが、どこの家でもだいたいそのような家具を使っていたので特に困るようなこともなかった。
 ある日姉夫婦がやってきた。夫婦の会話から察すると、姉がよくここへは来ることは旦那には内緒にしているらしい。彼からは大変気難しそうな人という印象を受けた。姉が私ととても嬉しそうに話すのを見て彼は突然怒りだした。事実姉は彼とよりも私と話す方が表情が明るくなるので、私もまずいことが起こらなければいいと思っていたところであった。彼は怒りだすと自宅の方に向かって歩きだした。姉は私に申し訳ないというような表情を見せて彼の後に遅れまいとついていった。

 数日後、姉はやや厚めの赤い布を顔を隠すように頭から被り、他人の目を気にしているような様子でやってきた。
「うちの人には内緒にして来たの」「もう行くなって言ってたけれど‥」「買い物に行くって言ってあるわ」
姉はこう言いながら私の反応をうかがっていた。私は姉に幸せになって欲しかった。私はどのように答えて良いのか必死で考えていた。考えれば考えるほど顔がかたく無表情になっていった。その沈黙が姉にとっては辛いものであったらしい。二人の間にこんなに暗く長い静寂があるのは生まれて初めてのことであった。
 『もし姉と弟という関係でなければしっかりと受けとめて姉を幸せにすることができるかもしれないのに』『もし生まれ変われるものならば今の姉と幸せに暮らしていきたい』『できれば永遠に離れたくない』『でもこんなことを言ってしまうと姉は動揺して泣き出してしまうであろう』『それが何で姉の幸せに繋がるというのであろうか』 『姉のために何かできることはないのであろうか』 『何ができるというのだろう』 『励ますことしかできないではないか』
私の口からは言葉を一言も出すことができなかった。姉は母との話が終わった後私の方を向いた。二人とも黙ったままお互いの目を見た。顔は無表情のまま目だけを優しくして二人は暫くの間向き合っていた。母はそれを見てただ呆れているばかりであった。
「また来ます」
「無理するんじゃないよ!」
と母は言った。私と姉は目で挨拶をした。
 私は人の紹介である女性と結婚することになった。取り立てて楽しいこともおこらず、日々の生活に追われていた。


 ひょんなことから私は高級家具を作る技術を手に入れ、それを自分のものにすることができた。私の作った家具は王族のぜいたくな部屋を飾ることができるくらいの素晴らしいでき上がりであった。でも私にはほとんど欲がなく、顔見知りの仲買人に只同然で家具を売っていた。その仲買人はそれを高額で売ってかなりの利益を得ていたのは知っていたが、別にそれを分配して欲しいとも思わなかったし売り渡しの価格を上げようともしなかった。ただ一回だけ『家族が食べていけるだけの金を渡せ』 『そうしないともう何も作らないぞ』と脅かしたことがあった。その仲買人はべらぼうな額を要求されると思っていたらしいが、本当に食費代として必要な金額しか請求しなかった。彼がニンマリ笑っているのは分かっていたが、全く気にならなかった。
 母が亡くなった。母を毛布のような布でくるみ手押車に乗せて一人で墓地に向かった。その途中どこかの子供たちが毛布を引っ張ったりして悪戯を始めた。
 「やめなさい」「そんなことをしてはいけないよ」
それでもやめようとはしなかった。そのうち大人達までそれに加わってきた。
『なんていうところだ!』『自分達のしていることが分からないのか』
嘆かわしく思ったが怒る気にはなれなかった。彼らのことをほんとうに気の毒に思っていた。気が重く墓地にたどりつくまでの時間がひじょうに長く感じられた。

by Shimagawa
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 私に欲がなさすぎるのに腹をたて妻が家を出ていった。私は一人になった。生きる目的が全くなくなった。私は家の中で仰向けに寝ると目を閉じた。弟と別れたときのあの感覚が甦ってきた。私の心は暗闇の中に漂い一切の活動を拒否していた。気がつくと私の体は宙に浮いていた。姉が私の変わり果てた姿を見て泣いていた。姉への思いから逃避するために、わざと『どうしようもできないことなんだ』と考えていた。誰かが私に声をかけてきたが私は動こうともしなかった。私の周囲でどんなことが起ころうとも、誰が働きかけてこようとも、私の心は一切を拒絶していた。
 まわりが騒がしくなった。寝ている私を誰かが蹴飛ばした。引きずりまわされたり殴られたりされた。それでも私の心は反応しようとしなかった。
 重苦しい雰囲気が伝わってきた。恐ろしい声をした者達が近づいてきた。私の体が何者かに鈍器で殴られているような感覚が起こった。私は逃げる気がまったくなく、相変わらず目を閉じて横になったままであった。体は潰されたり千切られたりしていた。それが何回も何回も繰り返された。体の痛みは言葉では表現することができないほど物凄いものであった。それでも私の心にとってはそんなことはどうでもよいことであり、動こうともしなかった。私の心は静かで穏やかになり、今までこんなに平和で落着いた気持ちになったことはなかった。
 あたりが静かになった。ここでは生き物の気配が全く感じられず、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。真暗闇の中の湿地の汚い泥の上に横たわっているような感覚であった。体の痛みはなくなったが、泥に漬かっているところが冷たかった。
 沼にいるのであろうか、水の上に体が浮かんでいた。原初の世界にいるような懐かしいような思いが心の奥底から湧き上がってきた。雑想念は全く起こらなかった。私は一人だけでしか味わうことのできない自分だけの幸福感に心を任せていた。
 体から一切の感覚が伝わらなくなったとき、人の声がするのだけがわかった。

 「失礼します‥」「たいへん申し訳ないのですが・・」
  気が弱そうで自信の無さそうな声であった。目を開くと私は上も下もわからないような真暗な空間の中にいた。声の出た方を向くと、見るからに誠実そうな人が私を心配そうに覗き込んでいて、その人のところだけぼんやり光っていた。
「これ以上先はもう無いんです」「このままですとあなたの魂はその出発点である原初に戻ることになりまして、その後復活するということはまずないと思います」「そしてあなたの魂が原初に戻るときに、あなた自身は完全に消えることになります」「私たちとしては・・、そんなことはしたくはないのですが・・・・・・」
私はハッとした。私は何て申し訳ないことをしてきたのだろうと思った。私は自分の心の平安のことしか考えていなかった。私はこの方に直接声をかけていただくまで全く気がつかなかったのだ。
 「お助けいただきましてほんとうに有り難うございます」「ご迷惑をおかけしてきましてたいへん申し訳ございません」「自分のことばかりが心にあって、何もせずにここまで来てしまいました」「ご心配をおかけしましてお詫びの言葉もございません」
私はその人の手をとって頭を下げた。私の体の中に明るい光の点が現れるとそれが輝きだした。その点は輝きと大きさを増した。それは眩しいほどに輝き、私の体よりも大きくなり彼を照らしだした。その瞬間、彼に別れの言葉を言う間もなく、私は今までになく明るい世界に立っていた。

 

 管理人の所感

知識

 

『私は弟の後について行く若者達にどうしても馴染めなかった。彼らの考えや行動は彼等自身から出たものとは思えなかった。どんなに素晴らしいことを言っても、それはみな弟から聞いたことの受け売りであった。理想の村を作ると口では立派なことを言っても、何が理想であるのか正しく理解してはいなかった』

 

 これは今回の「おもいで」の冒頭の記述ですが、何が究極的な理想であるかということは知識としてではなく、自分自身で経験していく中で真理として掴み取っていくしかありません。知識というものは飽くまでも思考のヒントでしかありません。知識はそれ自体をどんなに増やしても、創造性を生み出すことはできません。知識それ自体が自ら膨張したり、新しい側面を生み出したりするものではありません。知識は固定された過去の概念に限られた三次元の存在でしかなく、それ自体が自ら動き出す自由性を持ちえません。

 

  ドイツの哲学者ショーペン・ハウエルは著書「読書について (光文社古典新訳文庫)」の中でこう述べました。
「本を読むとは、自分の頭ではなく、他人の頭で考えることだ。たえず本を読んでいると、他人の考えがどんどん流れ込んでくる」「(読書は)自分の頭で考える人にとって、マイナスにしかならない」「学者、物知りとは書物を読破した人のことだ。だが思想家、天才、世界に光をもたらし、人類の進歩をうながす人とは、世界という書物を直接読破した人のことだ」「自分の頭で考える人はみな、根っこの部分では一致している」「立脚点にまったく違いがなければ、みな同じことを述べる」

 この言葉はとても良く真理の性質を表しています。

 結局は霊的自立である自己を確立することが、私たちが真理と共に生きるという成長の鍵となるのです。そして自分の頭で本当の自分としての立ち位置をとれる人は全体意識と繋がっているので、常に正しく、常に調和していて他の自立した人ともブレないので、みんな同じことを述べるのです。真理は絶対唯一であると同時に普遍でもあるのです。

 知識は時間の中に存在していて思考が答えを紐解く材料となるものであり、時間の中で制限されたものですが、真理は「いまここ」にあり時空を超越しています。無限の自由をもって私たちと共にあります。それは誰にとっても公平に存在していて、求めれば分け隔てなく触れることができます。ただ私たちが真理の存在を認めず、知識などの限定された有限の解答を求めているので、真理に対して盲目になっているのです。

 知識は概念を作り出していて人それぞれに異なった理解と誤解をもたらします。純粋な普遍性を持つことはありません。知識を元とした共同創造は必ず矛盾と混乱をもたらします。一時的に調和をもたらすことはあっても、決して永遠の調和をもたらすことはありません。

 

虚栄心

 

 海賊に船を乗っ取られそうになったとき、海賊の統領らしき人物が志摩川さんを志摩川さんの高名な弟と勘違いしたために船の乗組員全員が助かった訳ですが、その後に海賊から救われたことに感謝した或る豪商は志摩川さんを手厚く迎えました。美味しい料理を振る舞い居心地のいい部屋を提供しました。
 これは有名人などと知り合いになって鼻が高いという自慢の気持ち(虚栄心)に繋がります。それは船に乗り合わせていた商人の場合も同じです。有名な人は価値ある存在と映ります。その人と繋がることで自分の価値も上がると考えます。自分以外の価値と自分を結び付けて自分を高め満足するわけです。自分には財があってそれを武器にして有名人を自分のアイデンティティのひとつとして取りこんで満足するのです。虚栄心はアイデンティティの元となるエネルギーのひとつです。
 もちろん私にもそのような心は持ち合わせていますが、その心に氣づいているかいないかは大きな問題です。その心に氣づくことは魂の波長と繋がっているということで、進化・成長が約束されます。しかしそんな魂からの呵責の念がないと、この豪商のように自分しか見えず、真理の世界を観ることはできません。
 魂と繋がっている限り、志摩川さんの謙虚さと他人への思いやりを見せられたとき、自分の心の至らなさに氣づくことでしょう。

 自分の奥さんが自分と話しているときよりも奥さんの弟(志摩川さん)と話している方がずっと生き生きしていて幸せそうである、という光景からジェラシーを抱き怒ったのも自分のアイデンティティを取られてしまうということなのです。
 しかしそれは全部自分の中にあるエネルギーが引き寄せた現象なのです。自分が経験している現実はすべて自分自身の投影として写しだされています。心が揺れる、ということはすべてそういうことなのです。
 斯様に全体の中から自分を観るという目、観察力は大事なものなのです。

 

祈り

 

 後半の死後の世界で志摩川さんは前に進む気力もなく、それでも「孤独」という幸福感に浸っていました。それでは魂は原初の状態まで戻り消滅すると忠告されました。この意識の停滞は文書で読むとほんの一瞬のようですが、恐らくは地球時間で何十年という年月がたったものと思います。

 地上では肉体的な栄養さえ供給されていれば長々と生き延びることができますが、意識の反映が地上以上に強い霊界という現象界ではそうはいかないということなのでしょう。しかし霊界だけでなく、私たちは孤独でなく在るために、常に全体を観察して、前を観て歩んでいきたいものです。本当の私とは全体意識なのですが、私たちは全体を観ないで、自分の目の届く範囲だけを見て、孤独の中に自分を閉ざしています。

 しかし「孤独」というのは私たちの幻想です。たとえ自分は一人ぽっちと思い、孤独感で感傷的になったとしても、本当のあなたは決して一人ではありません。私たちはいつも多くの存在に見守られ、援助を受けています。

 今からでも決して遅くはありません。苦しい時の神頼み的な依存心でなく、前向きな行動の心の裏付け(コミット)を伴った責任感ある依頼を、つまり純粋な真の祈りを発したとき、私たちはいつでも天の無限の支援を受けることができます。

 たとえ他からの支援と見えても、すべての支援は私たちが自ら作り出しているものでなければなりません。私たちが全体意識と共にあるということはそういうことです。私たちの目的は全体の中での自分を分析して自分の心や役割などを知ることです。そのとき私たちは自分で自分を導くことが可能となるのです。