* おもいで(その22)石切との出会い 2

この話は前回の続きです。いつの年代のことであるかよくわからず、場所は今のアンデスのあたりではないかとのことです。(管理人)

潮涸珠・潮満珠 Art by T.Shimagawa
潮涸珠・潮満珠 Art by T.Shimagawa


 私達は大人の人達が実際に作業をしている石切り場へと向かった。そして、それぞれ思い思いに各自の判断で散らばっていった。岩場を上から見下すと、一人で作業をしている男の人の姿が見えた。そのとき自分の心が何者かに物理的に動かされたような感じを受けた。私は黙々と作業を続けているその男の人に近づいた。
「すみません」「手伝わせて下さい」
「ああ」
 その人は手を休めず、そして振り向きもせずに返事をした。私は作業の邪魔にならないように静かに接近した。
「それじゃあ、そこを、きれいにしておいてくれ」
 切り出している石の側面のでこぼこしているところを指差して言った。私は指示されたところに掌を近づけた。そのとき呼吸は自然にゆっくりと深く大きくなっていった。その場にあるエネルギーの『意思』に逆らわないように注意深く石の表面を優しく撫でた。まだ子供で背の低い私には、切り出しているその石がかなりの大きさがあるように見えた。作業中、二人は一言も会話を交わさず、お互いの存在すらも感じていなかった。深くゆっくりとした自分の呼吸と、大いなるその『意思』だけを観じていた。
 毎朝集まってくる子供達の人数が、いつのまにか少しずつだが減ってきているように思われた。ある日、目の前を二人の子供達が立ち去ろうとした。私は止めようとしたが、そのうちの一人がこちらを見て手を横に振った。その二人はその後ここには二度と戻ってこなかった。私はいつも指導してくれている教師に尋ねた。
「もう少し頑張ればできるようになったかもしれないのに‥」「すごく惜しいような気がするのですが‥」
「彼等はここでの『意思』に必要とされなかったというだけのことだ」
「資格がなかったということですか?」

「資格があるとかないとかいうことは、あまり考えない方がいいだろう」「前にも言ったように人が     二人以上集まるとある種のエネルギーが生じる」「そして目的ができると、その目的に応じたエネルギーに『意思』と『方向性』ができあがる」「それはこの石積みばかりでなく、全宇宙すべてのことに通じることだ」「彼等はこの石積みという目的から生じたエネルギーの『意思』から追い出されたと見ることもできるが‥」「ただこの目的遂行に合わなかっただけなんだ」「このようなエネルギーの『意思』は目的の遂行に合わない者を排除し、合う者を目的に添えるように援助する性格を持っている」「この種のエネルギーに排除されたからといって、その人の価値がどうのこうのということとは全く関係がない」「良い悪いということにも全く関係がない」「目的遂行に合うか合わないか、ただそれだけのことなんだ」「人間は必ずどこかで何らかの役に立てるようになっているから、どこかできっと合うものに出会うはずだ」「それから、この『意思』によって排除される場合には、それぞれ本人自らすすんで出ていくことになる」「他人に追い出されるようなことは絶対にない」「そしてこれは、本人が劣っているという意味ではない」「合わなかっただけだ」「ただそれだけのことだ」

ペルー・クスコの石積み
ペルー・クスコの石積み

 石ができあがると、男の人は手を休めて私に向かって言った。
「もう、いいぞ」「他の人達を呼んでくるから、ここで待っててくれ」
「はい」
 石は見事な仕上りであった。他のところで作業していた大人の人達がそれぞれの仕事を中断させて集まってきた。彼等は石の回りに立って両手を前に出した。そして石の上に掌を軽く触れる程度にのせた。彼等が手を静かに少しだけ上に持ち上げると、石は彼等の手に接した状態で浮き上がった。彼等はその石を宙に浮かしたまま横に移動させていった。そしてそれを石積みのあいているところまで持っていき、ゆっくりと手を下ろした。石は石積みの中に隙間なくぴったりと収まった。
 何年か大人達の作業の手伝いが続いた。ある日、石の表面を平滑にする作業に夢中になっていると、自分の心に何かが直接働きかけてきた。私はその働きかけのとおりに、無心に岩を削り始めた。一緒に作業をしてきた人が私を見て言った。
「もう、一人前だ」「君は一人でもできる」「俺は別のところでやることにする」「じゃあな」
彼はこう言うと、この場所から立ち去った。私はそのまま無心で作業を続けた。私の身体にはまだ子供時代の面影が残っていたが、大人達の間に混ざって皆と同等の仕事をこなせるようにまでなっていった。
 大勢いる作業仲間達と休んでいると、遠くの地平線の方に土ぼこりが上がっているのが見えた。それはしだいしだいに近づいてきた。黒い着物で身を包んだ者達が動物の背中に乗っていた。彼等は我々仲間達の間に入り込むと、突然持っていた棒のようなもので手近にいる人達を殴りつけた。仲間が数人苦しそうに転げまわった。誰も何をされようとも抵抗をせず、防御さえもしなかった。私は見るに見兼ねて首領らしき者の前に立ちはだかった。相手の顔を見たときに、懐かしい想い出がよみがえった。それはずっと昔に信用を失って町を出ていったあの幼友達の顔であった。彼は私には乱暴をしなかった。彼の合図で全員がおとなしくなった。ここを立ち去ろうとしたので、私は彼に向かって言った。
「町の人達には乱暴をしないでくれ」

  彼は振り返って私の顔をちらっと見るとすぐに背中を向けた。そして彼等は再び土ぼこりを上げながら、もと来た方へ戻っていった。
 我々の仲間が地面に倒れたまま呻き声を出して苦しんでいた。私達は乱暴を受けた仲間の傷口に手を当てて、少しでも早く治るように心から祈った。そして暴行を加えた彼等にも早く本来の進むべき道に戻れるように熱心に祈った。
 私達は自分達の考え方が他の人達とかなり異なってきているということをよく知っていた。私達は起こること全てが神(自然)の意思と観じ、それをそのままの形で素直に受け入れてきた。それが私達にとってはごく普通の自然なことであった。そして、それが深まれば深まるほど他の人々の世界と自分達の世界とが離れ、その溝がかなり大きくなってくるという事実を認めざるを得なかった。
 我々の中の年長者の一人が話し始めた。
「我々も、あの別の世界に行こうではないか」「私達はここでの務めを充分に果したはずだ」「この世界はもう我々のいるべき世界ではなくなってしまった」「我々はこの世界から旅立つ時期にきているはずだ」「この世界のことは後から出てくる連中に任せよう」「あの世界に向かって皆で旅立とう」

 誰も反対しなかった。早速、各人それぞれの意思の確認が行われた。私も聞かれた。
「君も行くだろう?」
 私は大いなる『意思』に止められたように観じた。その別の世界というものに興味はあったが、その大いなる『意思』の指示に従うことにした。
「いえ、やめておきます」

 皆それぞれ個人の意思を尊重した。私一人だけこの世界に残ることになった。

羯磨 Art by T.Shimagawa
羯磨 Art by T.Shimagawa


 翌日気がつくと、私一人だけになっていた。仲間達の気配はすでになく、彼等は想念による意思伝達も通じない世界へと旅立っていってしまった。一人残った寂しさで、しばらく地面に仰向けになって寝転んでいた。私は気を取り直して試しに石を削ってみることにした。今までどおりに石を完成させることはできたが、重い石を一人で浮き上がらせることは全くできなかった。石垣を組むことができないのならば他の仕事をさがすしかなく、すぐに生まれ故郷の町に戻ることにした。

 私が家に帰ると、意外なことに町をあげての大歓迎を受けた。町の人達は誰も皆貧しい暮らしをしていたが、かなり無理をしたのではないかと心配するほどの豪華な食事が用意されていた。そして町の人達が総出で踊りを踊り歌を歌った。長者が近寄ってきた。


「あなたさまは、神様にも等しい御方です」
「いえ、とんでもない」「私は、あなたがたと同じ普通の人間です」
「いえ」「私ははっきりとこの目で拝見しました」「あれは普通の人間にはとても真似なぞできないことです」「まさに神わざです」
「やってみれば、誰にでも‥」
「いえ、そんなことは、とてもとても‥」「で、他の方々は?」
「あの人達は、すでに別の世界に旅立ちました」
「それでは、もう神の世界へ戻られたのですね」

 私は別の世界のことは何も知らなかったので、返事はしなかった。
「どうかあなたさまだけでも、しばらくの間この町にとどまっていただけないものでしょうか」「ご希望のものがありましたら何でも差し上げますので、どうかいろいろとご教授願いたいのですが」
「私にできることでしたら‥」「それに私も若い人達にあのような石垣が組めるような技術を習得してほしいものだと常日頃から思っています」
「有難うございます」「ぜひ、お願いいたします」
その長者は上機嫌になった。

 

 約束の時間に石の切り出し場近くの草原で待っていると、長者を先頭にして親達が自分の子供を引き連れてきた。大人達が見ていると子供達の気が散ってしまい授業の邪魔となるので、すぐに町まで戻ってもらうことにした。残った子供達は皆落ち着きがなく、私の言葉に耳を傾けることがなかなかできなかった。中には教えてもらおうとしている子供もいたが、ただ聞いたことを知識として頭に詰め込もうとしているだけであった。自分達の子供の頃と何かが違っていた。石組みを作りあげたいという意欲や気迫は全然みられなかった。

 親から指示されたからここに来たという感じであった。私の言葉を言葉としてだけは理解しても、言葉の奥にある本当の意味を魂で理解することができず、また魂で理解しようという発想自体も出てはこないようであった。私から教えられたことを脳の記憶に入れて覚えるだけであって、それだけで満足して安心していた。『何もしないことをする』ということができる子供はいなかった。この練習をさせても、我慢できないのかそれとも遊びと勘違いしたのかほとんどの子供が走りだし、追いかけっこを始めた。残りの子には「遊びはほどほどにして早く教えてくれ」とせがまれた。いろいろな方法を考えて説明してみたものの、この『何もしないことをする』ということを理解してもらうことはついにできなかった。
 私は諦めて、このことを町の長者に報告した。長者は私の話を聞いて頷いた。
「やはり、無理じゃったのかのう」「普通の人間が神技の真似ごとをしようとは罰当りのことだったかのう」
「いえ、私もみなさんと同じですから‥」「やる気さえあれば、できるはずです」「自分から真剣に求めさえすれば、道が開かれるはずです」
「それでは、私にもできるというわけですかな?」
「ええ、もちろん」「ただし、生まれてから今までの間に構築されてきた固定観念というものを、自分の力で乗り越えなければなりません」「価値観の視点を変えるのです」「今までの価値観が邪悪なところから出たものでない限り、捨て去る必要はありません」「理解の幅を広げるということです」「今まで自分の考えてきた限定された世界の外に、様々な考え方があることに気がつき、それぞれの考え方を理解し、お互いに認め合うことが必要です」「今のあなたは過去のあなたの思考と行動から生まれた結果なのですが、その今までの積み重ねを無理矢理に捨て去る必要はありません」
彼はしばらく黙って考え込んでいた。
「今、この町は平和で安定していますが‥」「もし別の考え方が入って…これが崩れ去るということが起こる‥なんていうことはないでしょうか‥」
私はその言葉から彼の今の地位に執着する我欲がみえた。
「それでは、こうしましょう」「石の持ち運びを手伝っていただけるのでしたら、私が石を切り出しましょう」「ただし、石を運ぶ順番と積む順番、そしてその積み方は私の支持に従っていただきます」
「それは、願ってもないことです」「ぜひ、お願いします」
 私は約束どおりに石の切り出しを始めた。石の大きさは、数人の力でも持ち上げることができるように、以前よりも小さめのものを作ることにした。ある程度の数の石を仕上げておいてから、力のありそうな若者達を選び運んでもらった。運ぶときと積むときは、私がそれに付きっきりで指示をした。このようにして、土止めのための石垣、建物の石壁、石畳などを組んでいった。

 私は結婚して子供ができた。私がこの仕事を続けられたので、家族は不自由のない生活をすることができた。私はせめて自分の家族には、私の仕事を勉強して理解できるようになってほしかった。しかし、家族の誰もそれを勉強しようなんていう気持ちは頭から持っていなかった。私は年取ってその仕事を引退した。石積みのことも人々の心の中から遠ざかっていったようであった、私はその仕事をしなくなっても、石切りの練習だけは欠かさなかった。

 ある日、見知らぬ連中に声をかけられた。
「お礼を渡すから、石切りと石積みを実際にやって見せてくれ」

 私は気が向かなかった。私は自分の欲得で石の仕事をやったことがなかったし、考えたこともなかった。私はきっばりと断った。何度も依頼を受けたが、その答えは変わらなかった。その連中が私の側にいるかぎり、私は地面に横になって知らんぷりをしていた。後で妻がこれを知って怒り狂って怒鳴った。
「馬鹿だねえ!」「石切りなんて、しょっちゅうやっていたことじゃないか」「見せてやれば、たっぷりと礼がもらえたのに!」「いつから、そんなぐうたらな亭主になったんだい!」

 私は何を言われても自分の気持ちを変える気持ちは全くなかった。どんなに説明しても理解してもらえないことはわかっていたので、何を言われてもじっと耐えていた。

 

 寄る年波には勝てず、私はこの世界から旅立つことになった。あの石積みの仲間達と別れてからというもの、私と心が通じ合う人には全く会うことができなかった。
『何でこんな簡単なことがわからないのだろう』『なぜ、わかろうとしないのだろう』『何で自分の得になることしか考えないのだろう』『みんな逆の方を向いている‥』

  私はたいへん悲しかった。下の方で家族が私のまわりに集まって泣いていた。
「父さんには何もしてあげられなかった‥」
「父さんの言いたかったこと、もっとよく真剣に聞いておけばよかった‥」
「私よりも先に行かないでおくれ‥」
 息子達と妻の声が聞こえた。
 私は案内役の人の指示に従った。
「ところで、あの石積みの仲間の人達はどこに?」
「ああ、あの人達はこちらの世界にはいないんです」
「まだなんですね」「そのうち会えますよね」
「いえ」「あの方達はあのとき、こことは全く違う別の世界にご自分の意思で行かれましたが、それはこことはまるっきり違うところですので、もうこちらにいらっしゃることはないと思われます」
「もう死ぬことはないということですか」
「その世界がこことは違う世界であるという以外、私達にもよくわからないところなんです」
「‥‥‥」
 私はあのときみんなと一緒に行っていればよかったかなあと思った。
「あのとき一緒に行っていれば‥」
「でもあなたは、まだ行かないはずです」
「私には、まだその資格がないのですか」
「そういう理由ではないのですが」「あなたにはまだ大事なときにすることがあるはずです」
「じゃあ、それが終われば仲間達のところへ行けますね」
「私には、そこまではわかりません」
 私はそのことを聞いてから、なぜか心が落ち着いてきた。
 

ほほえみ Art by Yuki Shougaki
ほほえみ Art by Yuki Shougaki

管理人の所感

 

 志摩川さんは時代がいつなのかは判らず、場所もアンデスあたりと言いますが、管理人の勝手な想像ですが、時代は12世紀のインカ帝国かその前のプレインカの当たりではなくもっと前に遡るように思います。場所はマチュピチュが思い浮かびますが、村や景色の状況からクスコあたりではないでしょうか? 勝手な想像ですが。


おもいで その21」から始まるこのアンデスの石切の前生の記憶の物語は、全24話のクライマッ クスのような気がします。
 私たちが魂と繋がって何も考えなくても、正しい役割の情報が伝わってくるという心の世界です。
夫々が分離して自由と自由がぶつかり合って不自由を作り出している現代は、分離されているマインドが自由を勝ち取っている世界です。

 私たちの本体である全体意識は愛と調和に溢れています。その愛と調和を私たちの魂を通じて肉体をもった私たちが地上で演じる社会が地上天国です。

 その建設を実現する時が、刻々と近づいてきています。心を洗い終えたとき、ユートピアである地上天国は実現することでしょう。

 

 昔いっしょに石切りの勉強をしていて村を追われた青年が戻ってきて暴力をふるい、誰も彼に反撃しなかったことには不思議に思う人もいるでしょうが、人の心の浄化度によってするべきこと、正しいことは異なって変化していきます。