* おもいで(その14) 志摩川友重

前号の話の続き。死後の世界に人ったところです。(志摩川)

 私は座り込んだまま同じことばかりを考えていた。周りは薄暗く人っ子ひとり見あたらなかった。
周囲の暗さと人気の無さが自分の心が反映されているものであることは思いもよらなかった。
「相変わらずだねえ」「その一途さは少しも変わってないねえ」
後ろの声に振り向くと、父に首を落とされた彼が立っていた。私は彼の元気な姿を見てほっとした。
私は彼にしがみついた。

Ryan Polei | www.ryanpolei.com
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「きみが殺されたって聞いたんだけど、一向に来ないんで‥‥」「それできみのことが心配になってやって来たんだ」「一人でこんなところで何をしてるんだい?」
「私、あのとき逃げていればよかったんだわ」「そうしていれば、あの人あそこで死ぬこともなかったんだわ‥」
私は自分が殺されたときに起こったことを彼に詳しく説明した。
「でも、そのとき他に対処のしようがなかったんじゃないかな」「僕もあのときあっけなくきみのお父さんに殺されてしまったけれど、もうちょっと自制していればもっと長生きできたと思う」「後悔していないというと嘘になるけれども、良い経験をしたと自分では考えている」「そのときは君のお父さんを恨みもしたが、もし逆の立場で生まれ出ていればどうなったかななんて考えたりもした」「こんど生まれ出たときは他人に自分と同じような目には合わせないようにしよう」「このことをしっかりと自分の心に刻みつけておこう」「これしか無いじゃないかって思ったんだ」
「‥ ‥ ‥」
「あのとき、きみにはきみの、そして僕には僕の対処の仕方しか無かったんだ」「その経験はそれぞれ二人に必要だったんだよ」「心に深く刻みつけておくために‥」
「‥ ‥ ‥」
「いつまでも過去のことばかりに拘っていないで‥」「気分一新して、行くべきところへ行こう」
「私の開き直りがもとで死ぬはずもなかった人が 一人死んだのよ」「私・・、どうしたらよいのか‥」
彼は私に優しい語調で次のように言った。
「ひょっとして、その人やその人の家族、そしてその人に関係する人達の進歩にとって、あの出来事が必要だったのじゃないかな」「そしてそれがその人の使命だったのかもしれない‥」(⁂彼のエネルギーが違う)
「でも‥」


私は下を向いて黙り込んだ。私には彼の気持ちを理解できるような心の余裕が少しもなかった。もう二度と戻ることのできない過去を後悔することにだけ全意識を集中していた。
「気持ちに少しでも変化が起こったら僕の言ったことを思い出してね」「待っているから」彼はこう言って去っていった。

 いつものように一人で座っていると、突然自分の父親と妹のことが気になり始めた。私の気持ちがそちらに動くと、私の体は自分が以前暮らしていた大きなテントの中の一室に浮かんでいた。下では父が妹に話しかけていた。

「もう姉さんはこの世の人ではないんだ」「いくら姉さんのことを嘆き悲しんでも、帰っては来ないんだぞ」「この家とおまえのために犠牲となって死んでいった姉さんのためにも、姉さんの分まで頑張っていかなきゃあいかん」「もう姉さんのことで悩むのもやめにして、自分達の進むべき道をしっかりと生きていこう」「姉さんの思い出話をするのもこれからはやめにしよう」「姉さんの一生を思い出話だけで終わらせてしまうよりも、実際に自分達の手本として役立たせてもらった方が、姉さんも喜んでくれることになるだろう」「姉さんもきっとわかってくれるさ」

妹は涙をながしながら小さく頷いた。
父と妹の間ではもう私の話は出なかった。ちょっぴり寂しかったが、私にも冷静に考える機会ができた。少なくとも自分の家族のことに関しては視点を変えて考えることができるようになった、過去への執着から未来への希望、そして現時点で成すべきことは何か。少しではあるが『マイナス』から『プラス』へと思考方法が転換された。
どこからか女性が一人近づいてきた。その方の体は明るく輝いて見えた。

Art by T.Shimagawa
Art by T.Shimagawa

 

「ご気分はいかがですか?」
「えっ?」「ええ、まあ‥」
「気持ちの整理、少しはつきましたか?」
「お聞きしたいことがあるんですが」
「どんなことかしら」
「私がこの世界に来たときは、私ともう一人しかいませんでしたが、他の人達はどこにいたんですか?」「その後、全然会っていないんですけれど」
「あのとき亡くなられたのは、あなた方お二人だけです」
「えっ!」「それでは、他の女性達はあのとき全員殺されたというわけではなかったのですか?」
「ええ」「少なくともあのときには」
「あのとき、みんな殺されていたものとばかり思っていたわ‥」
「端まで逃げたところで助けられていたのよ」
「じゃあ、他の人達は全員無事なんてすね」
「中には無事に家まで帰された娘さん達もいるわ」
「絶対にあそこで起こったことを口外しないという条件で」「半ば強制的だけど」
「何であんなことを許しているんですか?」
「許しているわけではないけれど」「今のあなたにはいくら説明してもわかってもらえないと思うわ」


しばらくのあいだ沈黙が続いた。


「何であんなことをしたのかしら」「刀を振り回して無防備の娘達を追いかけるなんて」「私には許せないわ」「でも‥」「あの人も好きであんなことやってるんじゃないと言ってたわ」「あっ‥」「私、何てことしたのかしら」「私があのとき逃げなかったので、あの青年に私を殺させることになってしまったんだわ‥」「私がそのまま逃げていれば、あの青年は殺人の罪を負うことも無かったわ」「私はあの青年に負うはずもない罪を負わせてしまったんだわ」
「そんなに自分を責めてはだめよ」「それにあなたがそこまで悩む必要はないのよ」
「でも、私のせいであの青年が‥」
「いい?‥」「私の言うことを聞いて‥」「全ての人々の心の奥の方にある真の心があなたにたいへん感謝しているわ」「誰もなかなかやろうとしないことをしてくれて有難う‥つて」
「そ、そんなこと‥」「うそにきまっているわ‥」「誰だって死ぬのは嫌だし、最愛の人から引き離されるのも嫌、それに人殺しの罪を負うのだって嫌にきまっているわ」「誰も私に感謝するはずはないわ」
「いいえ、感謝しているわ」「とても大切な貴重な体験をさせてもらったのですもの」「本当よ」「そのうちあなたにもこのことが理解できるときがくるのよ」
「‥ ‥ ‥?」
私には彼女が言おうとしていることが全く理解できなかった.

Art by T.Shimagawa
Art by T.Shimagawa

『私が逃げなかったせいで、あの青年に私を殺させることになってしまった』『私はあの青年に殺人の罪を負わせてしまったし‥』『それにあの年配の紳士はもう二度と生きて彼の家族に会うことができないんだわ‥』
私はあのときのことを心から悔んだ。私の心はいちだんと暗く重くなっていった。私の思いはそこから離れず他のことを考える余裕は全く無かった。
彼女の体の輝きがだんだんと遠くなっていった。私自ら彼女のいるところから遠ざかっているということに気がつかなかった。私は前よりも暗いところに一人で座っていた。
どのくらいの時が経ったのか見当もつかなかった。私は体も心もズタズタに傷ついていた。もう悩み続ける気力もなく、動くことさえできなかった。眩しいくらいの明るい光が近づいてきた。

「私と一緒に行きましょう」「もう悩みたくても悩めないわね」


「ええ、もう‥」「‥ ‥」「私‥、あの人に会えるわよね」
「ああ、彼のことね」
「ええ」
「今、彼とお話しすることはできないのよ」
「えっ!」「どうして?」「あの人は私のこと待っていると言ってくれたのに」
「彼は自分の言ったとおりあなたのことずっと待っていたわ」「でもあの世界に生まれ出なくてはいけない時がきてしまったのよ」「ご覧なさい、あの男の人がその彼よ」


彼女はあの人の姿を見せてくれた。彼はもう大人になって結婚していた。彼の生活は前回とは違って安定し、何よりも家庭を大切にしていることがよくわかった。彼は妻と二人の子供達に囲まれて幸せそうに暮らしていた。


「もう彼は私のことを覚えていないのね」
「生まれ出るときには以前の記憶は一切忘れているはずですから‥」「そうですね」
「もう結構です」「有難うございました」

私はあまりにも長い間一人で悩んでいたことにびっくりした。でももう彼とのことを悔やむ気力は残っていなかった。
私は物凄く苦しかった。これは後悔の念によって自分の体を痛め続けた結果であった。彼女は私の痛んだ体のことを気遣いながら、私を行くべきところへ連れて行った。部屋のようになっているところへ案内された。私はそこにいながらにしてもう一度私の一生を一瞬のうちにしかも正確に反復させられた。実際に体験しているのとまるっきり同じ効果があった。私の目から涙が溢れ出てきた。私は座り込んで泣いた。次の部屋には木造の大きな机が置かれていた。私の体の苦しさは変わっていなかった。
威厳のある風貌をした三人の男性が姿を現わした。彼等は私に向かって話し始めた。彼等は私の気持ち、思考、動機、行動、経験など全て一切を正確に把握し理解していた。無表情な彼等から出る淡々とした言葉の中に至上の愛がこめられていた。

私の言いたかったことや実行したかったことを他人が理解し支持してくれたのはこれが初めてのことであった。私は自分の胸が暖かくなるのを感じた。私は幸福感に満たされた。
そのとき彼等は話題を変えた。私は自分にとって何が必要でどんな体験をしていかなくてはならないのかについて詳しい説明を受けた。そして私はしばらくの間こちら側の世界で体を休めることになった。

水たまり
Art by Yuki Shougaki 「水たまり」

管理人の所感

もしかしたらどこかで書いたかもしれませんが、「恨まない」「許す」「後悔しない」「条件づけない」という意識は、私たちが生きる点で全体の中に身を置くためには大切なことです。


この話は、私が大人になるまで気にかけていたことです。私が小学校の低学年のころ、私が住む家のそばに住んでいた女の子と家の近くの公園でよく会って話したことがありました。会わなくなって数年が経って彼女が交通事故か何かで死んだと聞きました。

私はその時、
『交通事故というのは一瞬のことだから、もしも僕が彼女との会話の時間一つを変えていたとか、何かの対応一つのズレが起きていれば、彼女は悲劇に遭遇しなくてよかったのではないかな。ということは自分の所為ということもあるのかな』
と、ちょっと責任を感じたことがあります。全くいま思うとたわいのないことですが結構長い間、責任を感じていました。
霊的真理を知ってからは勿論それは彼女にとって通るべき人生だった、それなりの理由があったのだということが理解できました。
また仮に、それとは逆に、誰かから恩を受けた。幸運がある人との出会いで起きた。と思った場合も決してその人がいなかったらその幸運は起きなかったという訳ではないということが分かってきました。もちろん感謝の心は大切ですが、より全体から物事を観ると、そもそも全てが必然なのであり「運」は厳密には存在していないことが分かってきます。そして仮に百歩譲ってそれが運んだとしても、運を運ぶ役割を他の人が受け継ぐことになるでしょう。
 

このように、何かの問題が起きたときに、それが自分の問題なのだと思ってしまうと問題になるのですが、全体の役割の中で起こるべくして、必要な学びとして善も悪もなく起きていると考えることができれば、問題などそもそも存在しておらず、人生は本当に前向きに捉えることができるものだと氣が付いていきます。

そしてその理由が分かれば、自分にとって悩ましかったことも、エネルギーの流れに乗って役割を演じていたということが理解できる事でしょう。