♥ 愛・和のバイブレーション the movie
Art by T.Shimagawa
「愛・和のバイブレーション」は、新しい地球に向かおうとするあなたを悟りの世界に一歩、導くことでしょう。
もちろん、実際に悟るのはあなたの意識次第ですが… このアートを見詰めることで、そのときあなたは愛の光に包まれ、本当のあなたに一歩近づくからです。
そしてあなたの意識の変化の覚醒をお手伝いをするために、この作品群は描かれました。
ところで、
「さとり」とはどのような状態だと思いますか?
悟りとは思考の影響を受けない「無」の状態です。全体意識から自分と全体を達観することができる境地です。簡単に言えば、考えていないとき、あなたは悟っているのです。
思考しているあなたは偽りのあなたで、思考していないあなたが本当の自分 ―― 悟っているあなたなのです。そして悟りは深い瞑想を毎日毎日長時間したり、仙人のように辛い修行をしないとその境地に入れないとお考えですか? そんなことはないのです。
まず悟りとは、既に誰もが経験しているということを知っておいてください。
だから世間一般で俗にいう仙人のような「悟った人」でない普通の人間の私でも、悟りの瞬間は常に経験していて、悟りについて語ることができるのです。
あなたが生まれたての赤ちゃんのとき、あなたは悟りの人でした。
なぜでしょうか? かつて赤ちゃんだったあなたはいつも何も考えず、天使のようにニコニコ笑っているだけだったからです。
明日は何を食べようとか、宿題が溜まっていて学校に行きたくないとか考えませんでした。
また、いまあなたが飼っているペットも、あなたよりも悟りの存在なのだと知っていますか?
赤ちゃんもペットも、またさらに草木も山も川も、自然と一緒に生きている存在は今この瞬間を生きていて考えないのです。過去を悔いず、明日の心配も一切しない生き方をしています。彼らは例外なく常にありの侭の今の自分を生きているのです。
「考える葦」の人間だけが思考を止めることができません。
しかし問題は思考と無思考のバランスです。赤ちゃんが偉いわけでも、たとえあなたに酷く叱られようが怨むことなくいつもシッポを振ってあなたを迎え入れてくれる犬や猫が賢いわけではありません。バランスなのです。
もしも朝から晩まで毎日ずっと思考に嵌まっていたら、あなたの精神はとっくに病んでいるのも事実ですが、まったく考えない人間もまた問題なのです。人間だけが自然と共に生きることを拒んで思考重視で生きているのですが、動物には動物の役割、人間には人間の役割と人間だけの学びの過程があります。
本能で生きる動物と自由意思で生きる人間の違いです。
この必要悪的な思考の意味についてはとてもここでは書ききれませんので、またの機会にします。
しかし確実に言えることは、いまは少し悟りの人のあなたでも、もう少し悟りの人になることはできるし、もっともっと悟りの人になることはできるのです。
人間は考えることが得意なので、ついつい考えることを重視してしまいます。
子供のころから、
「もっと頭を使ってよーく考えなさい!」「何をぼうーとしているの、もっとまじめに考えなさい」と、
考えろ考えろと、ずっとずっと教えられてきて、どう生きたらいいのかの条件を考えることの大切さとして観念付けられてきました。
しかしユートピアが近づいてきて、思考だけでは乗り越えられない事態が既に出現してきています。そしてその現象化はマインドからだけ見ていると古い地球の「破壊」としてだけ見えるかのように進んでいきますが、その破壊現象の理(ことわり)を知れば見方は変っていくことでしょう。現象化の理を、悟りの全体意識が真理の直観として届けてくれるでしょう。そして悟りは考えていない境地ですから、考えない時間が増えるように、そんな心を築いていくことが必要となります。
「愛・和のバイブレーション」に隠された光の波動が、あなたが明日の新しい地球に生きられるようにと、きっとサポートすることでしょう。これは夢想ではなく、ドイツなどで進んでいる波動医学と同じ科学的メカニズムなのです。。
「あっ、そうか、そうだったのか」という悟った瞬間、無の境地、いわゆる直観は、思考中はやってきません。思考と思考の間には一瞬の「無」のスペースがあります(深い思考が直観の呼び水になる)。このときがいわゆる悟りのときです。(参考記事:・自由についてのメッセージ )
ですからこの瞬間的なスペースを少しでも長く保ったり、頻繁に招いたりできるようになることが理想なのです。
よくアイディアが湧いたとか、直観がやってきたとか言いますが、実際にはやってくるのではなくて、自分がそちらの立ち位置に瞬時に移動しているのです。
悟るときというのは、人間の立場で悟っているのではないのです。
人間は悟ることができません。
既に悟っている本当の自分が、偽りの自分の立場から放れて悟り直すのです。
美しい花を見詰めているとき、車窓からぼうーと景色を見詰めているとき、つまり考えていないとき(それは執着のないとき)、ふと良いアイディアが湧いたりした経験がありませんか? そのときあなたは、思考から放れた「全体意識」という本当のあなたの立ち位置にいるのです。そんな環境を、是非とも心の中に作っていきましょう。「愛・和のバイブレーション」を見詰めるワークは、そんな環境づくりをサポートします。
毎日仕事で忙しくしていてなかなか瞑想の時間を取れない人も、ふと静寂を見つけた瞬間には、直観がやってきた経験はたくさんお持ちのことと思います。そのような多忙な人には目を瞑って瞑想するよりも目を開けたままの瞑想が向いているかも知れません。多忙な人も日常的に真理と繋がる場を作ることができます。「目を開けたままの瞑想」は、あなたを一歩、悟りの境地に導くものです。
「愛・和のバイブレーション」シリーズを日々見てみたいものです。5分だけでも良いですから好きなシーンを選んで見ていただくことをお勧めします。瞬きを控えてじっと見詰めることが理想ですが、初めはただ眺めることから始めてください。日々あなたの緊張を解いて本当のあなたに一歩いざなってくれることでしょう。
ただぼうーと見詰めれば、目を開けて見詰める瞑想は思考のない時間を保ち易いことに氣づくと思います。目を瞑るとすぐにあれこれ考えてしまう人には、見詰める瞑想は思いのほか新鮮のはずです。
思考しない瞬間とはどのような瞬間なのか? まずそれに気づいてください。
愛の波動を眼と体全体から浴び、愛に包まれるあなたが変化することに、この作品はきっとお手伝いしてくれるはずです。
音楽は抑え目にしてあります。ご自分のお好きな音楽をかけるもよし、無音で観るもよし・・・
あなたの心が、愛と和の波動で洗われますことを、共同創造で制作に携わる者一同、こころより願っております。
そして組織でもグループでもないそんな光のネットワーク、光の子の魂のネットワークに、一人でも多くの方が集われますことを心よりお待ちしております