はじめに  Well come to Zenshou no Omoide

ここにご紹介する「おもいで」という前生の記憶を辿り綴った物語は、志摩川友重さんが今生、日本に生れてから思い出した古代から近代に及ぶ膨大な輪廻転生の記憶の数々です。その「おもいで」は日本だけにとどまらず、古き時代の中国や中近東・北アフリカ、南米アンデスなど世界各地にまでに及び、遥か昔に大洪水の地中海の大陸をUFOらしき乗物で脱出する記憶までお持ちです。

また志摩川さんの「おもいで」は肉体をもって地球に生きた記憶のみならず、死後から生まれ変わるまでの霊界の記憶や受胎から出産の時にいたる記憶までをもつ稀なものです。

死後の世界では指導者から次の誕生への心構え、はるか未来の「そのとき」に東の果ての小さな島国に生まれることの予告まで、霊界での会話の一つひとつを実に克明に思い出しており、その「おもいで」は他に例を見ない、とても貴重な資料となっています。

 私たちが普通に思い出すことのできない特別な記憶を辿ろうとするとき、それはオカルト的な興味からのものであったり、知識欲などに先導されてしまったりしてのことが多いものです。

また仮に類稀な経験を得てそれを発表する場合に、それを発表する側が不純なエネルギーを発している場合があります。

そのような出会いは、そのようなエネルギー同士の同調と言えるかもしれません。

それゆえに、そこから学ぶものは思ったほど存在していないものです。

 

しかしこの「おもいで」の物語が捧げるあなたへの贈り物は、そのような薄っぺらな知識ではなく、本当のあなたへの帰還へのヒントなのです。

純粋な魂の意識から、あなたが「おもいで」をお読みいただくことで、あなたは全編を流れる精妙な波動にふれることでしょう。そしてあなたは実在する「全体」に繋がる、自分本来の優しさを思い出していくことでしょう。

 

あなたの深淵に潜むあなたの真理が、これを機にあなたの表層に浮き出るかもしれません。

この場でいただいたあなたとの出会いのご縁によって、あなたがご自分の本当のふるさとを思い出していくことになることを、心より願って止みません。

 

志摩川さんがこの物語をあるスピリチャル誌に「前生(ぜんしょう)のおもいで」として書き残したのはいま(2015年)から20年以上も前のことですが、まったく古さを感じさせない内容になっています。真理は常に永遠、永遠は常に真理です。この真理の物語は、これまで20年も水面下にあって多くの人の目に触れずにきたことが不思議なほど素晴らしきものです。

しかしそれには理由がある筈なのです。いまこそ、この物語が多くの人の魂の琴線に触れる秋(とき)との徴なのかも知れません。

   
伊勢神宮の20年毎の遷宮(せんぐう)と出雲大社の60年目の遷宮が2013年に初めて重なりました。
これは何を意味しているのでしょうか?
それを理解するためには、「かごめの唄」に隠された本当の意味を理解していきましょう。


 「かごめ かごめ」とはダビデの星(神と人間の一体の象徴図)で、この唄の「鶴」は伊勢のことで「亀」は出雲のことです。

鳥(導きの象徴)の導きで 一体いつになったら「後ろの正面」に出会うのか?

夜明けの晩に鶴と亀が統(す)べるとは、滑るではなく統合することです。
陰陽・善悪・男女・アマテラスと大国主、天と地、魂と心(マインド)など、すべての二極が統べる、つまりすべてが一つに統合する年に私たちは生きていることになります。

 

「夜明けの晩」とは朝と夜の境目… つまりマインドのエゴで生きている今と神と繋がった神の国との境目のアセンションを間近に控えた今この秋(とき)です。

それが合体したのがダビデの星の意味です(正三角形が人間、逆三角形が神)。


この歌の作者空海(弘法大師)は大変革の今に備えこの歌の中に日本民族の魂に向けてメッセージを残したと考えられます。

本当の自分を思い出せ、光の子としての魂の役割を思い出せとのメッセージを残したのです。


マインドの中に佇んでいると後ろの正面が誰だか観えないからです。
後ろの正面が誰なのかを思い出す、それこそがこの歌のメッセージとする真髄なのです。

目に手を当てて座りこんだ鬼を何人もの子供達が手を結んび円になり回ります。
そして止まったところで鬼の後ろの正面が誰かを当てろと歌います。


鬼が自分の後ろの正面が自分以外の「〇〇ちゃん」だと言って当てようと勘違いしている限り、

後ろの正面が本当は誰なのかを当てることができません。


それでは永遠に鬼(マインド)から逃れることはできず、

本当の自分を失いながらずっと幻想の中の鬼を演じて彷徨い続けなければなりません。


もう鬼を演じるのは止めて魂を演じなければなりません… 

 

空海はそう言っているのではないでしょうか。

 

後ろの正面とは、三次元の自分を背後から正面を向いて見詰めている深淵である本当の自分、魂のネットワークである全体意識です。

(3次元的には籠神社で、伊勢神宮の外宮と出雲大社の後ろを辿ると籠神社に当たる)

 

いま宇宙の大変革が起きようとしています。
そのために、私たち日本民族の魂の琴線(きんせん)に触れるような霊的根源の変化が徐々にですが、現象界に及ぶ可能性が大きい(既に現象化されている)のです。
  
この大変革のときを迎え、僭越ながら管理人の私による所感などを交えながら志摩川さんの転生と霊界の記録全24編を紹介していきたいと思います。

一読していただければお分かりだと思いますが、こころ洗われる数々の「おもいで」に触れることで、私たちの心も澄み渡っていくかのように穏やかになっていきます。

またここに紹介する「おもいで」にとどまらず、志摩川さんは地球誕生以前の前生も一部記憶にお持ちで、さらにこの世の常識(改ざんされた真実)を大きく覆すような歴史の記憶までお持ちです。ただそれはまだ時期尚早ということで、私たちの心と意識の変革とともに明らかにされると思われます。
 

是非ともこのサイトに時々お立ち寄りいただきますことを、志摩川さん共々心より願っております。

  
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